同行
作詞/作曲:キム・ドンリュル
君は泣いていて,僕は無力だったね
悲しみを抱きしめるには僕があまりに小さくて
そんな君を見ながら僕にできたのは
一緒に泣いてあげること
それで君は十分だと
気を張って “本当にありがとう” と僕に言ってくれたけど
無理に大丈夫なふりして笑顔をうかべる君の為に
僕は何ができるだろうか
君の前に置かれたこの世の重荷を
代わりにすべて背負うことはできないかもしれないけど
ふたり一緒ならば分かち合うことができるだろうか
そうできるだろうか
ぎゅっと握った手と手が,僕の肩が
君の中の痛みをすべて取り除くことはできなくても
沈黙に耐えきれず口ずさむこの歌で
少しのあいだ君を休ませてあげられたら
君の悲しみが忘れられていくのを
見守っているだけでは僕があまりにつらくて
独りで強がって堪えようとする君の為に
僕は何ができるだろうか
君の前に置かれたこの世の壁が
計り知れないほど遥かに高くても
ふたり一緒ならば上ることができるだろうか
そうできるだろうか
明日はもう少し良くなるだろうと
やはり自信を持っては言ってあげられなくても
僕たちが共にする今日がまた合わされば
いつかは乗り越えることができるだろうか
♪
君の前に置かれたこの世の道は
果てしなく絡まり合った迷路かもしれないけど
ふたり一緒ならば行き着くことができるだろうか
そうできるだろうか
いつか何かが僕たちをまた立ち止まらせて
進んでいた道を引き返し迷わせようとも
黙々と共にする思いがすべて合わされば
いつかはたどり着けるだろうか
編曲:キム・ドンリュル,ファン・ソンジェ
収録:キム・ドンリュル6集 “동행”
KIMDONGRYUL LIVE 2012/2014
《キム・ドンリュルの同行,音楽を読む》
文:カン・セヒョン
朗読:キム・ドンリュル
ずっと前,一人の友達が僕に言った。
今は何も言わず自分の隣りにいてくれさえすればいいと。
僕はその時,少し寂しかったような気がする。とてもつらい状況に置かれた友達を見ながら,僕なりに何でも力になりたくて気を揉んでいたあの頃。僕の気持ちを分かってくれない友達がもどかしくもあり,自分の友がこんなに苦しんでいるのに,自分にできることは何もないことに腹が立ったりもした。
かなり長い時間が掛かった気がする。僕が友人の言葉を理解できるようになるまで。
その長い時間のあいだ,僕は多くの人達を見送ってきた。そして見送られもした。
とてもたくさん心配して,とてもたくさん愛して,とてもたくさん傷ついて,とてもたくさん謝って。それで自分が何かになりたくて,何でもしたかったあの頃。そして,できるような気がしていたあの頃。
だけどそれが問題だった。あんなにも熱く愛し,熱く痛みを抱えたせいで,僕はたびたびとても簡単に疲れてしまった。相手をもまた疲れさせてしまった。人と人との関係で一番重要なのは,熱いことではなく疲れないこと。疲れることなく長い時を誰かと共にすることが,あんなにも難しいことだと僕は知らなかった。
だからとてもありがたかった。あの時僕に,今は何も言わず傍にいてほしいと言ってくれた友が。僕を見送ることも,僕から去ることもなく,長い時を互いが互いの傍を守れるようにしてくれた友が。
いつか後輩のブログにこんな文章が載った。
“ある若い小説家の本を読みながらこんな考えを抱いたことがある。今の時代の苦しみをこんなにうまく書ける作家がいるのに,どうして何も変わらないんだろうか。文章の力というものが果たしてあるのだろうか。文を書き食べている一人の人間として,限りなく無力さを感じることがある。今 自分が書いているこの文もまた,何の役にも立たない,何の意味もない独り言ではないだろうか。それでもなぜ多くの人は文章を書くのだろう”
僕もまた音楽で食べている一人の人間として本当にたくさん考えてきた悩みだ。
音楽の力というものが本当にあるのか。近頃のようにすべてが早く消費され忘れられていく時代に,自分のように音楽をやるということは果たしてどんな意味があるのか。
そのたびに僕は,ずっと前に友が言った言葉を思い返してみる。何も言わず自分の傍に長いあいだいてほしいという友の言葉。
僕は誰にたいしても,何にでもなることはできない。どんな問題も解決することもまたできない。しかしこの世には,自分ができることもまた確かにある。僕はその仕事をしようと思う。
熱くはなくても,疲れることなく長い時を。
そうして長い時を,僕はあなたと共にありたい。